土佐南学と闇斎師

土佐南学と闇斎師のルーツのはなし

闇斎師がまだ絶蔵主という名前のお坊さんだったとき、その非凡な才を見出されて、次期住職候補として土佐藩にある吸江寺という由緒正しき禅寺に招かれていました。その時のお話です。

こうして兼山たちと儒学の勉強をした嘉右衛門は、晴れて儒の道に進むことを決意。藩主に勝手に還俗し、土佐を追い出されましたとさ。


あんまいいことではないと思うよ…。(兼山も兼山でこういう強引さ?が災いしたのか、失脚した晩年はとても、それはとてもとても不遇だったようです。)

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